旅行・レジャー集客とWeb集客が出来る社内の人材づくり

それはホテルから始まった

観光業界のはじまり

Last Updated on 2023-09-25

社会人となった最初の職業がホテルマンでした。歴史、伝統がある京都のホテルです。今こうして観光ビジネス支援の仕事をしている私にとっての原点がホテルです。
様々な国々、地域の人が集うことで、様々な商習慣やビジネスの流通があるホテルという場所では多くのことを学ぶことができました。

実は、レストランチェーンなどにも興味があったのですが、ホテルは庶民である自分にとってはちょっと遠い存在であり華やかで、憧れの気持ちとともに、何でも知りたい、自分でやりたい、そんな性格そのものだったかもしれません。

接客などの基本研修を終えた新入社員の最初のドキドキ事は最初の配属先。今、主流の宿泊特化ホテルではなく、宿泊から飲料、事務系ととても多くのセクションがあります。運命の最初の任務はベルボーイでした。

今思えば、それがレストランだったり、例えば人事課だったりしたならば、その後、一所の会社に収まらない自分にとっては、また違った人生だったのかもしれません。
人生とは小さな枝分かれで行き先が大きく変わります。読んでいただいている皆さんにもそんな瞬間が遠い昔にあったのではないでしょうか。

実は入社前に不思議な夢を見ていました。
ホテルでバリバリ働いている自分の姿です。数名で打合せのようなことをしているのですが、その時の自分の服はベルボーイやフロントマンではなく普通のスーツ姿。方手には何かファイルのようなものを持っています。ホテルの営業職など知る由もない時です。

配属された時、この夢を思い出し、そのギャップに何か不思議?な気持ちを覚えましたが、それは、その後の自分を暗示していたのかもしれません。

|ホテルがホテルらしい?時代

政治経済界のVIPに芸能人、スポーツ選手、作家、文化人と多くの著名人を迎えるホテルでは、様々な世界を垣間見ることができました。要人は段取りが全てで、何事も「想定内」に事を進めなければなりません。そんな、一つのプロジェクトをマネジメントしていく段取り仕事は、その頃に身に染みたのかもしれません。

月日が流れ、今の時代に建つ多くのホテルは宿泊特化型というレストランや宴会場も最小限の形態となりました。ホテルはもはや労働集約型産業ではなく効率重視の資本集約型へと変わりました。 玄関を入るとドアマンやベルボーイが迎えてくれ、滞在の中でフロントやハウスキーピングと友人のようになる。ウエイターの給料ではなかなか買えない高価なワインを試飲をしてみなさいと少しボトルに残しておいたり、靴磨きのために夜中にドアの外に置く靴にチップのコインが入っていたりと、もてなす側だけではなく、ホテルを使う側の”ゲストの技量”もあった時代はもう来ないのかもしれません。

しかし、京都においても美しくも洗練された洒落たホテルが方を並べて建つ現在(駅前などは本当に並んでいます!)部屋に備わるものはどこも大して変わりなく、便利で清潔で快適で、バイキングでセットされた朝食は悪くもない味で、チェックアウトでは精算するものもなく気が付けばホテルを出ていた・・・ 確実にホテルのコモディティ化は既にそこにあり、顧客の感度は少しずつそのポイントが変化しているように感じます。

それは、かつてのそれら王道のようなホテルのようなホテルの復活をいまさら願うものではなくて(一部の方はいらっしゃると思いますが)その王道のようなホテルにあった「人の温度」ではないかと感じるこの頃です。 時代は回ると言いますが、人は無い物ねだり。時代の流れで流行や感覚は変わっても人間の奥底にある道徳や価値観などは、それほど変わるものではないように思います。

そういう意味で、かつての王道のようなホテルをサービスマンとして経験できたことは貴重なことだと思います。 夜中に手で靴を磨いていてくれるサービスなんて、今やれば斬新かもしれませんし、ホワイトカラーのビジネスマンが多い都心のホテルではニーズもあるかもしれません。(もちろん、今やるなら有料や提携でよいので)

|MICEやクルーズなどはその頃から

ついに3000万人以上もの訪日実績を持つことができた日本のインバウンド。その大半は中国、台湾、韓国、香港の東アジアからのお客様ですが、欧米豪や東南アジアのお客様も年々増加しています。

特に、京都は日本のなかでも欧米豪のお客様が多い都市、特に北米からのゲストは昔も今もそのなかでトップで、当時から大きな団体で賑わいました。 その団体で象徴的だったのが、今も日本各所(もちろん世界中で)で、その積極的誘致を行っているMICE(Meeting Incentive Convention/Conference Exhibition/Event)です。

何やら近年に注目されているように思っている方もいらっしゃいますが、それこそ、円が150~200円台というような30~40年前もそれらは国際観光ビジネスのハイライトでした。(この項をを書いている今も近年希なる円安ですが)

特に全盛だったと言えるのが北米からのインセンティブツアーでした。当時、北米に拠点をいくつも置かれていた(今もあります)日本の大手旅行代理店(JTB InternationalやKintetsu International Express等)からは、American ToyotaやHondaなどカーメーカーなど、大型インセンティブが目白押しでした。

そして、それらのツアーにも使用されたのが、豪華客船「クルーズ」です。若い方ではクルーズは最近登場したものと思っておられる方もいらっしゃいますが、もう40年も前から日本に来ていました。有名なのが、今も運行されているViking Ocean’s CruiseのRoyal Viking Starという大型客船。
それらが大阪や神戸に着く度に数百名のゲストと共に、やってくるのが数百個の重たいバゲッジでした。鎌滝運輸(現:ケーティーシーロジ)など訪日客のバゲッジ輸送御用達の4トン車、時には10トン車で運ばれてきます。

春秋のシーズンともなれば、このバゲッジアップ(名前を調べ部屋まで搬入)とバゲッジコレクション(部屋の前からトラック積込みまで)に明け暮れる日々で、1日に1,000個を超えたこともあり(きっと破られない記録でしょう)正に、現場はジムの筋トレのごとく体力消耗戦で途方に暮れていました。

既にこの時代から、正に”身をもって”MICEやクルーズを体感していたわけです。 そんな体育会系のような日も多いベルマンは、ベルキャプテンに登用され、そして、いよいよ憧れのフロントデスクへとキャリアを積んでいきます・・・(宿泊特化型ホテル主体の現在は誰もがフロントなのでしょうが)その後、系列の大型ホテルへと転籍となり、これまた新しい職場でバリバリと働く毎日でした。 そんな時に思わぬ社命が下ります・・・

SNSでフォローする