旅行・レジャー集客とWeb集客が出来る社内の人材づくり

再燃、観光業界への想い

もう一度観光業界で働く

Last Updated on 2023-09-25

|メディア業界の変化

メディア業界の仕事にも慣れて日々勤しむなか、その業界にも年々変化が現れていました。それはメディア業界だけではなく、世の中全体の大きな変化でした。そう、インターネットの急速な発達です。電話回線でダイヤルアップしていた時代からワイヤレスブロードバンドへと、街中にWi-Fiが飛んでいる今が想像できないような時代の変遷を経てきたこともZ世代にとっては「ダイヤルアップって何?」ということでしょう。

回線の大容量化もそうですが、今当たり前に使うスマートフォンも時代という単位では、ほんの少し前に出現したもので、そこから消費者や起業の経済活動をも変えてしまいました。SNSにショートメール、そして何といってもあらゆる動画が手のひらの中にある時代となりました。

長らく続いた制作現場の手法は正にデジタル新時代へと突入するわけですが、TV局も含めて、業界全体においても使用する機材やフォーマットなど、その移行には相当の時間がかかりました。時代は発達しているのに、中小事業者も多いメディア業界は、そう簡単にハードもソフトも急変することができません。

自然と仕事量にも翳りが見え、また、自身の身の置き方を考えるべき時が来たのかな・・・と悟り始めました。

|観光業界への思いが再燃

メディアの仕事はTVやビデオ、Web用映像(YouTubeなど無かった頃の埋め込み映像です)にイベントと様々。そうした中で、観光業界での仕事もさせてもらっていました。都道府県のインバウンド誘致プロモーションやホテル、レジャー施設等のビデオ制作です。

仕事の依頼をいただいたのは、ホテルや旅行会社、レジャー施設など、ホテル勤務時代の知人も多く、普段から観光業の人たちは多くのお付き合いが続いていました。そんな中、いろんな方がインバウンドについての情報交換や相談の連絡をいただくことが増えてきました。

メディア業界とは対照的に、日本の観光立国のもと、元気が出てきた観光業界。その賑わいをとても感じ観光業界への思いがまた少しずつ蘇ってきた頃、にわかに親交が増していたのが多賀一雄氏でした。

日本で自転車観光を提唱し、有限会社京都サイクリングツアープロジェクトを立ち上げ、地元の商工会や旅行会社、マスコミなど多方面から注目を集め、国内外の多くの観光客で賑わっていました。

|日本の自転車観光のパイオニア

多賀氏との出会いは、同氏がロンドンで生活から故郷京都に帰国された後、私がホテル退職の直後で第三者を通じての仕事の場でした。自転車観光の事業構想は欧州での経験が基になったようで、帰国後、観光シーズンで目の当たりにした京都駅前のバスやタクシー待ちの行列や街の車の渋滞だったそうです。

「京都など縦横およそ10㎞の都市こそ自転車を使うべき!」という欧州では当たり前、日本ではそれまでの常識にないことでした。ただ、同氏にとってはビジネスモデル(収入)よりも地元京都への貢献(理念)が気持ちの大半を占めていたことは明らかでした。

日本の自転車に対する考えは欧州のそれとは全く異なります。10㎞や20㎞は自転車で移動する距離である欧州に対して、日本は所謂“ママチャリ”(一般的な自転車)が主流であり、使用用途は「通勤」「通学」「お買い物」。移動距離の常識はせいぜい2,3㎞でしょうか。

そうしたイメージの違いから日本人は“自転車はしんどい”と思っているわけですが、欧米豪人は“楽だから自転車がいい”と思うわけです。もう根本的に考えが違うので当時、日本においては革新的な観光手段だったわけです。

特に訪日客向けにコンセプトされた自転車でのガイドツアーと、機材やサービスを導入したレンタサイクルの事業は見る見るうちに評判が広がり、市内の事業者や行政、大手旅行会社などからも声が掛かりその規模を急速に拡大されていくこととなります。

つづく

滋賀県高島市で自転車観光本の執筆のための調査走行を繰り返す
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